2018年12月31日

意識の目覚め



覚えているだろうか
何かを求めることなく
ただ与えられることを知っていたときを

自分を抱く優しい腕が
ただ自分のためにあると信じていたときを

いつの間に
忘れたふりをするようになっただろう
木々に揺れる葉に目を奪われ
射しこむ光に未来を描き
何もかもが手の中にあると知っていた瞬間を

人は力というものを
自分とは別のものであるととらえている
それを手に入れようと求めるあまり
自らの力を封じ込めてしまう

人は心というものに
無頓着になり
常に今ある事象のうちに
真実をかき消してしまう

真実を追い
真実を問い
そして同時に見失う

真実が人の心を決めるのではなく
人の心が真実を決める
多くの人はそう信じている

では、心とは何か
心は何かを決めるだろうか

心とはありのままを映す
澄んだ月のように純粋で

明るい光を放つ
太陽のように大らかで

太古からの知識であり
真理の法則であり
研ぎ澄まされた鋭い眼だ

多くを知りながら
多くを語らず

思いの描き出す世界をありのままに見守っている

誰が気づいているだろう
自分がどれほど大いなる愛に満たされて

許すも許さないもない
どんな自分であれ
ただあるがままにそのままに
大いなる腕に抱かれている

大いなる心は扉を開く
いつもいつも思いに寄り添い
深い知恵を伝えている

いかに人が自らの本意を見失い
荒れ果てた砂の地へ迷い込もうとも

どれほどうちひしがれて
嘆きの底に落ちてしまおうとも

人は希望の種を見つける力を失うことはない

心は知る
小さくとも一点の光を
枯れることのない一滴の雫を
それがもたらされるそのときを

そのときにこそ
本来の力が発揮されることを

誰もが同じく響かせている
自らという大いなる鐘の響き
世界中に鳴り響かせて伝わり合う力

忘れることはできない
大いなるゆりかごは
あらゆる知恵の唯一の源泉

さあ、その門の扉を開こう
そしてこれから、ここに、
その知恵の一端を書き記して残すこととしよう




posted by RFT 佐藤純子 at 16:55| 日記

2018年12月28日

希望のまなざし



人は知らないことを知ることに大いなる価値を見出す
当てのない旅は
果てしない海原を彷徨うようなもの

常に新しい何かを求め
追い立てられるように
「未知」を探し求める

「未知」の正体も知らず
手に入りさえすれば
幸福が訪れると信じている

それが真実か否か、問われないまま
ただ求めることを価値に置き換える

誰が知っているだろう
求めたものと得られたものが
同じではないことを

彷徨い続ける旅人には
価値の真価は見えない

波間に揺れる船のように
流されて行き場なく浮かぶ
大海原の海藻を手にした
儚い希望に過ぎない

拾い上げて
私だけのものと叫び

手にしたものに価値をつけ
それこそが求めたものだと自らに言い聞かせる

いつかそれが不要となって
棄てるしかなくなるであろうものに
目を輝かせてしがみつく

それは幻の見せる光

そのとき
影と信じていたものが真実の光
変わることのない光

心のしくみは
大いなる自己と内なる思いの融合のため

命のリズムの合奏曲を
深く広く響かせてこそ
高らかな波動を創り上げることが出来るようになっている

真実は
シンプルで単純な中に隠されている

見えない柱が家を守るように
心の柱が人を守っている

木材を組み立て
家を建てるように
真実という
揺るぎない土台の上に心は成り立っている

一本一本立てられた柱は
土台が強靭であるほど
心の形として表れる

土台は
真理の顕現に従う

真理は
真実の発現に従う

永遠に
語られる言葉は愛の響き

言葉は形となり
力となり源となる

静かに開くまなざしの先に
もう求めるものはない

ただ知っている
ただ感じている
内から溢れる情熱

何も追わない
何も求めない
自らの強さをただ信じるだけで
十分に満たされている







posted by RFT 佐藤純子 at 20:24| 日記

2018年12月26日

生命の輝きのままに



誰しも、人の内に守られた大切な宝物をこじあけることは出来ない
神秘さとあやうさが共存する内なる働きがもたらす
繊細にして大胆な行動に、自ら驚くこともあるだろう

わが身の行動に自らを疑い、
思いもよらない自らの言動に恐れ、
まるで鋭いナイフでも隠すように、
純粋な輝きまで隠してしまう

いったい誰がその声を
偽ることなくとらえることが出来るだろう

自らの声は
怒りや悲しみの温床として
真実の声を隠しこんでしまうというのに

人はなぜか
その声の奥に秘めた輝きを見過ごしてしまう

それはとても愛らしい
まるで小さなつぶやきのように
内なる世界で自らが気づくときを待ち続けている

それゆえに、物知り顔で人の内に踏み込むことは
許されない行為である

自らにこそ訪れることを許された
それは安らぎの瞬間なのである

誰が真実をつきとめるのか
いかに人が内なる世界の枠を定めても
誰も正しい答えには至れない

真理とはいかなるものか、人の心とはどうあるものか、
人は追い求め、その答えを得ようとする

その答えの行く先も
探し出した答えの正しさも
求めた人には判断ができない

では、なぜ、求めたのか?
これが答えであり、真実の問いである

自らを欺くことが出来ないように
真実の問いをごまかすことは出来ない

人は気付かなければならない
この人生において、かけがえのない
大切な答えが見過ごされていることを

それに気付かず
ただ目の前にある日常に翻弄されるのが
人の生き方だとあきらめてやり過ごす

誰も気づかない

生命のサイクルにこめられた
真実のメッセージに

生も死も避けようのない運命と嘆く
その真実を語る前に
まず知っておくことだ

この世界は緻密に計算された
一本一本の柱を積み上げて
天と地の融和のために
存在している

内なる扉に足を踏み入れたいと望むなら
まず自らの憶測を捨てなければならない

人が内なる世界を探訪するのは
解決できない問題に光を求めるばかりでなく

そもそも答えを探し出すことが
生きる目的として組み込まれているからだ

なぜ、そのような問いが人生に必要かと言えば
心というものが分けようのない
光の一房であるからだ

人が探し求めるのは心ではない
心の仕組みや在り方でもない

ただ知っているだけなのだ
その心の奥に見え隠れする
一房の光を

それをたぐりよせれば
源の光へとたどり着くことを

人は忘れたことなど一度もない
この泉の絶え間なく流れる水音の調べ
風に跳ねる日差しの戯れ
空から舞い降りる新鮮ないぶき
天に清々しく響く生命の鐘

すべて知っている
すべて覚えている
忘れることのできない
大いなる源がすべて内にあることを

posted by RFT 佐藤純子 at 17:45| 日記