2019年02月28日

からだ再生の頁



体の機能について私たちが知っていることは
動作と運動のメカニズムや
生死に関わる解決策として

病理的な研究
手術に関する医学的な知見
目の前の問題に対する打開策

そういったテーマを積み上げて
対応したものから得ています

体はなぜ存在するのか
体の本質について問われません

体の本質というと
大袈裟に聞こえるかもしれませんが
単純なことの中に
大切なことがあります

まず、体は人としての
生き方を選んでいます

それは感動や勇気
希望や夢
他者との関係
社会における自分の目的

当たり前のことが
体を通して発信されています

では、体は
何をしているのでしょう?

人が未来の夢を描いたとき
体は実現に向けて動きます

どのように動くかというと
脳の発する信号をコントロールすることで
自分の生き方を認識させ

あたかも自分の中に
それが起こっているという錯覚を起こします

脳は選択をしませんが
判断をします

判断というのは
体が発する信号を
心地よいものかそうでないか振り分けることです

判断された情報は
脳の下垂体から
全身に送り出され

体を巡ります
その時伝達されるのは
心地よさと幸福感です

この感覚は脳が創り出したものです

脳はまず
良い人生をイメージさせます

良い人生とは
親や家族
他者との関係
そういった相手に適した自分の創出です

自分に相応しい生き方は
記憶を司る脳の前頭胚葉が担います

この部位は自分の在り方を決定するための
様々なデータを分類し
他者中心か自分中心か

体と照合します
照合の仕方は前回の説明と同じです

照合のあと
脳は繰り返し体に情報を送ります
体は何度も自分を認識します

自分の生き方が脳の信号によって
決められていることを
知る人はごく僅かです

さて今回も一つのワークをご紹介します

このワークは自分の生き方が
他者中心になっている方に
取り入れていただきたいものです

頭頂部を両手の平で包み
「私は私の中に居場所がある」
と3回繰り返して深呼吸します

それを1日に3セット行います
何日か続けてみてください
ただそれだけです

たったそれだけのことが
信号を切り替える機会になります

さて話を戻しましょう
運動の機能は
体の根幹を支えるものですが

体自体は容器のように
信号の送受信に従っています

もう一度同じ話をします
ここで問われるのは「意図」です

感覚器は「意図」を運びます
この見えざる意図は「思考」をコントロールします

「思考」が
信号を受け取ると

情報を探します
記憶と
総体的な意図のデータです

意図は大量のデータを一瞬で選出させます
これらを記憶と組み合わせて
「思考」を創出します

体が信号を放つと
思考がやってくる

思考は
人の人生を支えていますが
実際には脳の司令です

脳に組み込まれた伝達システムは
本来は自分が
肉体という容器と
信号によって反応を起こす

生命の幻想を
見せないようにしています

体が攻撃と破壊の信号を受信する時
「意図」は知らん顔をしているわけではありません

脳の組織の一部を破壊して
「感情」の放出という方法で
再生を促そうとします

脳は見えざる意図の温床です
意図は心というものを感じさせます
これによって人というものが

生命の支配を受け
自分を構築する段階を
描くことが出来るのです

心は
意図そのものではありません

記憶や感覚器が
自分を認識させあたかも動いているように
思わせるのです

人は生きる意味を
考え実現しようとします

それは意図の働きです
生きて何かを為す

脳はその司令を体に送り
体は応えようとし
見えない葛藤に支配されます

人が自分を再生させるには
心と体のメカニズムを
日々に取り入れることが
鍵となるでしょう

生命のシステムは
そのヒントをお伝えするための
指標です






posted by RFT 佐藤純子 at 15:52| 日記

2019年02月25日

からだメカニズムの頁



私たちの体は億単位の情報伝達が瞬時に行われて
バランスを保っています

脳は一時的に集めた情報をシグナルを発して
細胞へ伝達するという役割があります

つまり、判断を任せられています

脳の判断は見えざる意図の温床です
意図を導くものが
自身のトラウマや傷ついた過去に委ねられた場合
攻撃と破壊を起こそうとします

体内の伝達物質は
人の欲望が増長したとき

攻撃と破壊のシグナルを脳から受け取ります
では、どうすればシグナルの原因を特定することが出来るのでしょう?

私たちは呼吸の中に自分の意図を隠しています
呼吸は
いのちの源です

普段見過ごされている呼吸は
自分の心を表しています

粗いときは痛みが想起されていて
自分を破壊するためのシグナルを伝達物質に届けます

痛みは自分の心が他者によって成り立っていると
誤解している状態です

人は周囲との関わりが自分の
情報の原因を作り出していることに気づいていません

脳は伝達することが目的なので
情報の選択をしていません

ただあるがままなのです

情報が送られたとき
各臓器、神経が受け取るのは
自分がいかにして
他者との関係を守るかという
自衛の方法です

これによって
自分を破壊することが
自衛となるのです

さて、呼吸の話しに戻ります
呼吸の中に隠された意図は
自分がどうあるべきかを知っています

呼吸はあるべき姿をコントロールして
自分を守ろうとします

コントロールとは
自分を攻撃することが正しいと判断した時には
破壊するまで攻撃し

自分が守るものが自分自身であると判断した時は
新鮮な空気を肺に送り込むような
息の吸い方をします

呼吸は
自分の判断が正しく働いているか
脳の情報と照合します

照合の方法は
億単位の伝達から選ばれています

まず伝達情報の中から
視覚・嗅覚・聴力を使って
外側の情報と照らし合わせます

自分が他者に自由を奪われている時には
内側の情報を遮断して
他者に従属するような息の吸い方を選びます

次に呼吸器を使って
自分を排除するよう司令を送ります

送られた司令は
心臓を経由して体の隅々へ届けられます

自己排除は攻撃という形で破壊へ向かいます
破壊は細胞への機能低下という信号によって
時間をかけて起こされます

そして破壊された細胞は
毒素を排出して
体内を循環し
呼吸器へと合図を送ります

呼吸は自分の判断が正しく働いたことを
確認すると脳へ情報を送ります

脳のシグナルはこの情報から
自分の在り方を決定するのです

これは人が自分というものを
どのように捉えるかの根拠となります

他者は自分の
在り方に大きく関わっています

自分が自分に
居場所を持っている場合には
呼吸はシグナルを自己再生の情報として

受け入れ働かせて
自分のいのちを繋ごうとするのです

自分の居場所が自分にあるという状態は
他者との関わりに依存が少なく
自分を顧みる余裕があることを言います

過度な自己主張は
表面的に自分に居場所があるように見えても
実際には他者に従属している状態です

自分の呼吸を知るには
まずは息遣いを知ることが大切です

荒い・短いの他に
止まっていたり波打っていたり
薄っすらしていたり長いものもあります

呼吸はいのちの源ですが
息遣いは細胞への暗号です

正しい呼吸は
息を吐ききったあとに
体の中心のみぞおちにある

膵臓から汚れを押し出すように
長い呼吸を繰り返すことです

膵臓は呼吸の意図を
最も溜め込みやすい臓器なのです

息遣いはほとんどの場合見過ごされますが
常に自分に司令を送る
役割を担っています

体は情報が伝達される過程で
ある組織破壊を行っています

その組織とは脳の一部の組織です
それは感情の抑制に関わるものです

感情は脳の破壊が引き起こす
自己再生への試みなのです

感情が爆発するとき
体の中には真逆のリラックス効果が起こります

この効果は自己再生に向けた
可能性を示唆しています

感情の度が超えると自己破壊へ
向かいます

感情は脳と連携しながら
自己再生に望みを繋ぐのです

体は自己再生も自己破壊も
ジャッジを持ちません

あるがままを受け入れます

体を巡る情報は再生や破壊の
伝達に過ぎず意図を持ちません

それではどこに意図があるのでしょう?

脳でしょうか?
呼吸でしょうか?
感情でしょうか?

私たちを体だけで説明するのは
ずいぶん無理があるのですが

実は体には感覚器が多数備わっています
感覚器というのは
体感を呼び覚ますだけでなく
意図を導き出します

そして意図の在りかは
感覚器と感覚器を結ぶ
一つの見えない信号なのです

この信号は人の体を駆け巡り
意図を伝えます

意図は自分の存在を明確にします
「私」の誕生です

「私」は活動します
「私」は求めます
「私」は生死があります

体の旅は続きます







posted by RFT 佐藤純子 at 18:37| 日記

2019年02月22日

希望の書



これからお話することは
わたしたちの生命のシステムにかかわることです

少し驚かれるかもしれませんが
勇気をもってお伝えしたいと思います

わたしたちは普通
体を自分ととらえています

体は多くの細胞によって構築され
頭、胴体、手足を形成しています

さて、ここでの問いは
なぜ私たちが
自分の意志で動かせるものと
動かせないものがあるのかという点です

気づいたことはありますか?
手も足も目も口も
自分の意志で動かせるのに

胃も腸も膵臓も脾臓も
自分の意志では動かせないということを

自然に動く
それが生命の原理です

そういった生命の原理は
様々なところで働いています

例えば
こころ

私たちの心も同じです

自分でセーブしようと頑張って
悪さをしないように踏みとどまって

それでも言うことをきかない
そんな体験はありませんか

言いたくない言葉が口からこぼれだす
見せたくない顔を知られてしまう

思うようにならない
少なからずそんな記憶があるでしょう

私たちの心は
ときに暴れ馬のように羽目を外して
その挙句に自責の念に襲われて

見えない鎖に繋がれたように
自らを縛り付けるのです

人を傷つけないように
自分を傷つけないように

私たちが自分の心を縛り付けるのは
自分の弱さを知っているからです

ここでいう弱さとは
コントロールのきかない
はかり知れない自分の感情を

自分がもて余してしまう
その恐れに打ち勝てない弱さです

私たちが自分について知っていることは
想像以上にごく僅かです

自分の存在理由にしても
生命の誕生も
死の過程も

すべて自分のことなのに
まるで操られてでもいるかのように
ただ受け入れるだけです

その選択をしたのは自分自身です
そういうと驚かれるかもしれません

生命のシステムは
私たちの推測の範囲をはるかに超えています

命をつなぐ1本の線は
地底深くの地球の核のように

ひとつの命につながっています

それは一般にワンネスと呼ばれるものの
明らかな正体です

しかしここから派生した命の線は
多くの困難に出会います

まず、最初の出会いは
人という概念です

この概念は一瞬で自分と他者を振り分け
生きる意味を植え付けます

次にもたらされるのは
家族の一員という概念です

これによって守るものを共有する
仲間の在り方を植え付けます

次にやってくるのは
地域や社会という独自の質を有した
特異性の概念です

これらの概念は心を縛るのに
十分な威力を発揮します

こういった概念は
生命のシステムと相反する
様相を呈しています

それゆえに気づけないのが
純粋な命の在り方なのです

外に出て空を見上げ
新鮮な空気を肺に届ければ

体の深い知恵が語り始めます

自分を縛っていたのは自分という
概念の塊に過ぎないのだと

では、どうすれば
こうした概念から自らを解き放てるのでしょう

実は概念というのは
記憶の産物に過ぎません

実体のない虚空に絵を描いたようなもので
見えているものに意味はないのです

ただ信じてきただけで
生き物ではないのです

それなら単純に
信じるものの矛先を変えれば
概念はまるごと変わるということになります

やってみましょう

目を閉じて地球の核をイメージします
「これが私です」
5回繰り返してみてください

選択が自分の中にあることを
思いだせるようになります

力が湧いてきた気がしませんか?
思いだすたびにしばらく続けてみてください

簡単な答えを難しく考えるのが
私たちの習性です

さて、生命にはシステムがあります
お伝えするには長い長い時間がかかるでしょう

小さな問いは大きな答えへ
導いてくれることがあります

しかしその問いの中にこそ
隠された秘密に通じる
重要な合図があるのかもしれません

答えの在りかは
結局、自分の中にしか見いだせないのです






posted by RFT 佐藤純子 at 12:41| 日記

2019年02月19日

緑色の葉の頁



人が
行動のなかで

示そうとするのは
自らのもつ
輝きの度合いである

生命のはたらきは
輝くことを
おぼえているからだ

緑色の葉の頁は

いのちのちかいが
自らを
輝かせることを

つたえている

ちかいは
いのちをつなぐ

みな
おぼえている

天のひかりのかぜ
そそがれる調べ
やくそくのことば

誓ったとき
誓った場所

おぼえている
きざまれている

かたいやくそく
光のもじ

忘れない
消せない

たしかな記憶

緑色の葉の頁が
呼びおこす

葉のさきのつゆ
緑のかおり

新しいつゆの下から
浮かぶ文字

よんでいる
くりかえす

文字の配置
色と線

おもいだせ
ちかい

あつまってくる
ちかいのなかま

とりもどせ
いのち

かがやかせ
ひかり

祝福のとき
おとずれる

緑色の葉の頁が
しっている

文字の色
かたち
かがやき

組み込まれた暗号
文字と文字のあいだ

見えてくる
浮かんでくる

忘れたことのない
たからのことば

手をひろげてごらん
浮かびあがる文字

読みとってごらん
たいせつなことば

緑色の葉の頁は

輝くもじを
くりかえし

よみがえらせる






posted by RFT 佐藤純子 at 13:00| 日記

2019年02月16日

木の根の頁



人の
思いのなかの
やみは

自らの
すがたを
しることをさけていること

自らこそが
木の根のような

かたい
つよい

ちかいの主であることを
忘れている

木の根はおぼえている
ちかいのことば

よみがえる記憶のことば
しっていた
懐かしいことば

自らを
ひらく

おもいだせるのは
木の根が
放った

うるおうような光と
湧きおこるしずくの

かさなりのいろが
天にひきよせられたとき

見えてくる
文字の
やくそく

思いだせる
木の根のような
つよいちかい

たしかめて
とりもどす

いのちに
つながっている

さがしていたことば
自らのやくそく

まっていた
開けるとき

扉に描かれた文字は
ずっとしっていた

光のなかの
たしかな
ちかい

ようやくとりもどす
守りぬく

決まっている
信じている

木の根の頁が
伝えている

それいがいは手放しなさいと

つかむのは
いのちの暗号
いきる意味

思いだしてごらん
ふりそそぐ光の

ちかいのことば
思いだせる

やくそくの
合図は

手のなかに
つかんでいる

輝く文字が
浮かんでくる

さがしていた
木の根の頁
見つけだした

文字の
あいだの
見えない記号

思いだした
ふるさとのことば

かならず手にする
いのちのやくそく
生きている

奏でている
たしかめている
とりもどせたか

忘れるわけにはいかない

やくそくはいのちの
輝くちから

記憶はよみがえる
光の柱の

かなたから
見えてくる

光の暗号
光の文字
浮かんでくる

手のなかの
輝くもじが

よびかけている
よびおこしている
おとずれる

見えてくる
光のもじ

さがしていたいのちのいみ






posted by RFT 佐藤純子 at 17:05| 日記

2019年02月13日

木の実の頁



生命が
かがやきをとりもどすのは

人の意識が
自らをたかめることに

自らを引っぱることが
できたときだ

意識のたかまりは
人の生命を

本来の流れに連れ戻す

生命は
自らを
守るために

ただ自らに求める

高く高く
より高く

自らをかいふくせよと

意識は
たしかな
とびらを開く

とびらは
うけいれる

人のこえの囁き
とざされた思いの
もとめるよびごえ

だれも聞こえない
ことばのないさけび声

待ちつづけている
とびらの開く音
ながいときの

もたらす
光の輪
羽根のいろ

ふりそそぐ
いく千の
祝福のこえ

みあげた天の
光源に
つらなる響き

とりどりの
羽ばたく音に
注がれた輝く光

聞こえるのは
天の聖歌

奏でるのは
数万の大軍

木の実の頁は
伝えている

輝くときが
おとずれる

さあ立ちなさい
受けとりなさい

木の実の
豊潤な甘い果実

手のひらに
おかれている

実の
熟れたかおり

口にふくめば
鼻に
とおりすぎる

あまい蜜と
芳しいかおり

いきをすい
体にはこべば

ひろがる
新しい息吹

手にとってたしかめなさい

自らの
ちかいのことば
うかびあがる

輝く文字が
示している
思い出したときが

扉のひらくとき
ききなさい

うけとることができる
おとといろ

目をとじて聞きなさい
響く音色
こだましている

訪れる
なないろの光輝くとき

放たれる
虹のようにまるい
円を描く

たしかにある
手のなかの果実
語っている

自らの
かなでる音は

果実が知っている

よみとってごらん
まちのぞんできた

しあわせな音
手のなかで

溢れるように流れる
おとの
ひびく歌声

天に
たしかな愛の歌声

耳のなかに
こぼれてくる音

光のなかにはじけている
見えてくる

輝いている
ななつの色

とりだしてごらん
手のなかの果実は
まちのぞんでいる

おとが光の
映しだすとき
放たれる

あざやかな輝く
あか色の
光線

敷きつめられる
実のとりどり
見えている

ひかっている
木の実の
かがやいた皮

きこえてくる
木の実の
ゆれる音

たしかめれば
分かるはず

手のなかの
果実が
おぼえている

約束の
文字

ふるさとの
ひびく


まっていた
よんでいた

天の
翼の
ひらく音






posted by RFT 佐藤純子 at 23:58| 日記

2019年02月10日

花弁の頁



人の
生死に
判別があるのは

生命への誤解である

生命のシステムに
かくされているのは

いきる意味や
意識の重要性で

とらえどころのない
こころの仕組みを
解明するものではない

人は
安心と納得を手にすれば
生き方がわかると信じている

ではなぜ
意識のあり方が重要かといえば
人の本質が

意識だからである

意識は人を創り
人を育て

人としてのあり方を決定する

人は自らの意識を
自らできめる力を持ち合わせている

生きる知恵を
人は使うすべを知らない

花弁は
真実を解く

知恵の
源の
力のありかは

花弁に描かれた
暗号に
かくされている

花弁をみつめれば
かおりの先の先
ことばの端の

光の文字に
そそがれる
白い線に

意識を向けなさい

浮かびあがる
花の色

色のなかに
うかぶのは

天の輝く
色とりどりの

羽根の
祝福

目の先に
見えてくる

耳の奥に
聞こえてくる

飛び立つように
背中の羽根が伝えている

人の
思いの世界をぬけて

自らのなかに
真実を呼びもどせ

響いてくる
知っている

高鳴る鼓動の先から
ひらく扉の
たしかな足おと

聞こえている
見えている

ここにある

ここにかくされている
知恵の扉の

光の鍵

たしかめてごらん
胸に手を当てて

とりだしてごらん
もう手の中ににぎっている

目の前の扉は
その鍵でひらく

たしかな合図は
意識のなかに






posted by RFT 佐藤純子 at 12:46| 日記

2019年02月07日

イチジクの頁



人が
生命を
輝かせるのは

人の
生命が
限られているからだ

生命は
限られたなかで
自らを

光のうずに
つれもどす

たしかな
記憶は
光の文字

イチジクの
したたるつゆの

奥の奥
かおりの
先の先

ひろがる土の
そのかおり

鼻から
目から

よみがえる

かぐわしい
土のかおり

かかれた文字に
浮かびあがる
イチジクの

不老不死の
知恵の
ことば

ひらいた頁に

えがかれている
みどりの
色づかい

目を凝らせば
みえてくる

暗号は
文字のあいだに
組み込まれている

みどりの
文字が
うかんだら

よみとって
胸におさめなさい

文字は
生命を

輝かせることを
約束している






posted by RFT 佐藤純子 at 11:07| 日記

2019年02月04日

草花の書



人が
自らを信じられないのは
人の
欲望に
小さな真実が隠されているからだ

小さな真実は
未知の
知恵の
一端である

わずかに
訪れる声に
真実の暗号がある
それは

煌めく朝陽の
あさつゆの光

草木の
輝く葉音

いつかの
遠い記憶のなかに
暗号は

繰り返し刻まれている

覚えているだろう
思い出すだろう

小さな真実の
隠されていた場所を

知っている
よみがえる

胸に刻んだ遠い場所

ふりかえってごらん
思い出せるから

一度も
忘れたことのない
故郷の花の

したたる水のかおり

思い出す
よみがえる

記憶の端の鮮明な輝き
まだ

おぼえている
記憶が
よみがえる

忘れることはない
いのちの記憶
よみがえる

やってくる
輝きの
そのときがおとずれる

みずみずしい
花の香り
においたつ

おとずれる
花のひらくとき

くりかえされる
暗号の文字

きいてごらん
花のひらくおと

花のひらくとき
人は
思いだすことができる

ひらいてごらん
おとがきこえる

しずけさのなかに
ねいろが
きこえる

しずかにやってくる
くさと木と

風にゆれる
つゆの
かがやく光

おもいだせる
いつも
きざんでいた

くりかえし
おとずれていた

光のねいろは
てらしている
ひざしの

おとの
しらべ

たしかめなさい
輝く書が
つたえている

たったひとつの暗号を






posted by RFT 佐藤純子 at 10:57| 日記

2019年02月01日

風の書



静かに訪れる春の気配には
誰にも見ることのできない
色の配置がある

色には
とりどりの
輝く合図が隠されている

人は
肌で感じられるものだけが
真実と
思っているが

合図には人の
肌ではない感覚をもって
しることができる

特別の
感覚器の
反応を
呼び覚ます

力の法則が
埋め込まれている

人の
感覚器は
肌で感じるものより
多く用意されている

自らが
自らについて

かえりみることを
望んだとき

これらの感覚器が
目覚め
自らを導く

人の描く
感覚器が

自らの
輝く希望となる

感覚器を
とらえたいと願うなら

目をとじて
響いてくるのをまちなさい

目の奥の
花のかおり

静かな
色にかこまれた

その先の先に
風がふいているのが
みえるだろう

風の書は
未来の
変容の

希望を伝えている

人が
変容の
先の先に見いだすのは

光の柱が
天にのびて

故郷の
かおりの

色とりどりに
並んでいる

花の
光の文字

繰り返される
言葉の配置

言葉は
告げる

守りぬきなさい
大切なものを

ここにあるのは
たしかな約束なのだ

必ずなしとげる
天と地の融和

目覚めのときは
目前にあらわれている

みつめなさい
扉の開くときを

天の歌が
聞こえてくる

音色のなかの
輝きの調べ

待ち望むのは
数千の
力の大軍の

光輝く
神秘の

翼の雲
見あげなさい

文字の先から
光が舞っている

約束されている
出会いの

決められている
時の訪れ

たしかめなさい
輝く書が

告げていた
自らとの

約束の
合図を






posted by RFT 佐藤純子 at 15:30| 日記