2019年02月22日

希望の書



これからお話することは
わたしたちの生命のシステムにかかわることです

少し驚かれるかもしれませんが
勇気をもってお伝えしたいと思います

わたしたちは普通
体を自分ととらえています

体は多くの細胞によって構築され
頭、胴体、手足を形成しています

さて、ここでの問いは
なぜ私たちが
自分の意志で動かせるものと
動かせないものがあるのかという点です

気づいたことはありますか?
手も足も目も口も
自分の意志で動かせるのに

胃も腸も膵臓も脾臓も
自分の意志では動かせないということを

自然に動く
それが生命の原理です

そういった生命の原理は
様々なところで働いています

例えば
こころ

私たちの心も同じです

自分でセーブしようと頑張って
悪さをしないように踏みとどまって

それでも言うことをきかない
そんな体験はありませんか

言いたくない言葉が口からこぼれだす
見せたくない顔を知られてしまう

思うようにならない
少なからずそんな記憶があるでしょう

私たちの心は
ときに暴れ馬のように羽目を外して
その挙句に自責の念に襲われて

見えない鎖に繋がれたように
自らを縛り付けるのです

人を傷つけないように
自分を傷つけないように

私たちが自分の心を縛り付けるのは
自分の弱さを知っているからです

ここでいう弱さとは
コントロールのきかない
はかり知れない自分の感情を

自分がもて余してしまう
その恐れに打ち勝てない弱さです

私たちが自分について知っていることは
想像以上にごく僅かです

自分の存在理由にしても
生命の誕生も
死の過程も

すべて自分のことなのに
まるで操られてでもいるかのように
ただ受け入れるだけです

その選択をしたのは自分自身です
そういうと驚かれるかもしれません

生命のシステムは
私たちの推測の範囲をはるかに超えています

命をつなぐ1本の線は
地底深くの地球の核のように

ひとつの命につながっています

それは一般にワンネスと呼ばれるものの
明らかな正体です

しかしここから派生した命の線は
多くの困難に出会います

まず、最初の出会いは
人という概念です

この概念は一瞬で自分と他者を振り分け
生きる意味を植え付けます

次にもたらされるのは
家族の一員という概念です

これによって守るものを共有する
仲間の在り方を植え付けます

次にやってくるのは
地域や社会という独自の質を有した
特異性の概念です

これらの概念は心を縛るのに
十分な威力を発揮します

こういった概念は
生命のシステムと相反する
様相を呈しています

それゆえに気づけないのが
純粋な命の在り方なのです

外に出て空を見上げ
新鮮な空気を肺に届ければ

体の深い知恵が語り始めます

自分を縛っていたのは自分という
概念の塊に過ぎないのだと

では、どうすれば
こうした概念から自らを解き放てるのでしょう

実は概念というのは
記憶の産物に過ぎません

実体のない虚空に絵を描いたようなもので
見えているものに意味はないのです

ただ信じてきただけで
生き物ではないのです

それなら単純に
信じるものの矛先を変えれば
概念はまるごと変わるということになります

やってみましょう

目を閉じて地球の核をイメージします
「これが私です」
5回繰り返してみてください

選択が自分の中にあることを
思いだせるようになります

力が湧いてきた気がしませんか?
思いだすたびにしばらく続けてみてください

簡単な答えを難しく考えるのが
私たちの習性です

さて、生命にはシステムがあります
お伝えするには長い長い時間がかかるでしょう

小さな問いは大きな答えへ
導いてくれることがあります

しかしその問いの中にこそ
隠された秘密に通じる
重要な合図があるのかもしれません

答えの在りかは
結局、自分の中にしか見いだせないのです






posted by RFT 佐藤純子 at 12:41| 日記