2019年03月24日

細胞の役割の頁



体の細胞が伝えているのは
生命の完璧な知恵です

細胞に組み込まれた知恵は
人の体が機能するため
情報の交換を行います

細胞の知恵は
人と人を結ぶための
働きがあります

このことに気づいている人は
あまりいないと思います

情報の交換は
他者との関係が
慈しみの中にある時
過去の情報の中から安心を

信号から読み取り
行動へ繋げます

細胞の知恵の働きというのは
どのように人が生きると
他者との関わりがバランスの良い状態で

体の安全を保った
行動の仕方、分かち合い方、繋がり方に
結びつくか察します

人と人の繋がりが
体の力に影響を及ぼすことに
気づいたら

人と人の関係は
見直されることでしょう

他者との競争は
体の力を奪い
命を疲弊させます

限られた命の日々は
人と人の繋がりを慈しみで満たし
体の力の本質的な働きに
委ねてゆくよう

意識を変えることが
必要になります

そのために私たちが出来るのは
人と人の関係性が
細胞に及ぼしている力の影響に
気づくことが優先です

人は個体で成り立っていると
誰しもが思うようになりますが
人の成り立ちは
胎児の時から繋がっています

人が人と繋がって
サイクルの流れがあることを

忘れて生きることが
競争や戦いに巻き込まれる要因です

真の自由は人と人の繋がりに
細胞の力が根付いた時
自然に表れて来ます






posted by RFT 佐藤純子 at 13:03| 日記

2019年03月13日

人と人の輪の頁



人が人と繋がるということは
自然なことのようですが
不思議に感じたことはありませんか?

何故この人と出会い
何故この人に魅かれ
何故この人が大事なのか

人の縁の不思議さが
脳の司令に関連していると言うと
驚かれるかも知れません

人が人と出会った時
外的情報の中から
ある伝達物質が刺激されます

伝達される情報は即座に決定されます
まず相手が安全かどうか
続いて人格的な判断に進み

わずかな瞬間に情報は駆け巡ります
人が人として生きるために使われるのは
見事な生命システムに則った
伝達物質という微細な細胞たちです

人の命を育むために
細胞の力は進化を続け
人と人の輪を繋げてきました

人と人の輪は
サイクルに合うような
進化の過程を取っています

命のサイクルは
私たちに刻まれています

人の生命の限界
人の行動の限界
人の活躍の限界

私たちの出来ることは
人としてどう生きるかを
後世に伝えるという役割を果たすことです

戦争が人々に残したもの
得られたもの失ったもの

心に残された爪痕
失った家族、友、愛する人々
懐かしい記憶
破壊された大地

私たちが得たものは
人と人が争い合うことの
虚しい結末だったと言えます

生命のシステムは繰り返し伝えます

人が人を痛めることの無意味さ
人から奪うことの無価値さ
人を貶めることの不毛さ

私たちが取り戻すのは
分かちあいの力
労わり合う思いやり
信頼し合う真心

生命機能を高める
自分の居場所を内に持つ
細胞の再生へ向かうあり方です

そのためにまず
生命システムを紐解いて
これまでの考え方を見直すための
用意が必要となります

生命システムは脳の機能に関連しています
脳の司令が人のあり方を決めています
脳が行っているのは体との連携です

人と人の輪は脳の司令と
密接な関わりを持っています

人が人と関わりを持つ時
脳の信号は自分の役割を知っています

自分の位置を捉え
上下の区別をし

自分の行動の範囲を自分に教えます
振る舞いや言動
他者への見え方
猛スピードで司令が巡ります

自分への厳しい審査が
常時行われていることを
誰も気づきません

脳の司令が伝えるのは
自己破壊か自己再生です

忠実な細胞は司令に従います
細胞の情報は体に届きます

脳は過去の情報の最も相応しい記憶から
最適なデータを取り出します
自分の位置を捉えるのに必要な情報です

読み出された情報は
体の感覚を使って自分をコントロールします

体の感覚が恐れを感じた時
行動は制限されます
自由を感じている時
行動は伸びやかです

行動を制限するのは
脳の司令を受けた体の感覚です
体の感覚は生きる知恵と言えます

ではどうしたら行動を
伸びやかに出来るでしょう?

体の感覚が自由を感じる時は
他者との関係性に
頼らない時なのです

他者との関係性に頼らないとは
自己信頼に意識が向いて
自分の存在に喜びがある時です

体の感覚は自由を感じた時
細胞の中から自己再生の手段が
組み込まれた粒子を受け取ります

体は受け取った粒子から
再生のために
組織の再構築を始める方法を読みとります

人の意識は他者との関係性に
大きく支配されています

人と人の輪のもたらす役割は
細胞レベルから人類の発展まで
繋がっています






posted by RFT 佐藤純子 at 21:41| 日記

2019年03月09日

いのちサイクルの頁



命について
私たちはあまり関心がないように振舞います

死を迎える人は毎日大勢います
病気、事故、自然死
死はいつも隣り合わせです

死は年齢も関係なく
タイミングも
選ぶことは出来ません

死には公言することを許されない
暗黙の掟があります

死を歓迎するような発言は
社会的な制裁を受けることもあります

命の尊さを語る時
忘れてはいけないのは
生きることが限られた中で
起こっていることです

命の輪の尊いサイクルは
人と人の繋がりによって
形成されています

人が人を見下し
争い、憎しみ、
破壊し合う

悲しみや怒り
嫌悪や憎悪

本当に世界が
そのような汚れた姿なら

未来の眺望は
幸せのない荒んだ世界でしょう

人が人として
命のサイクルを守れるのは
常に人の輪に繋がっているからです

人の輪は
時代の流れの中で育まれています

人が人に伝えていることは
命が存在しているという
人の死を通じて確かめた事実です

命は語ります
人の死に差はなく誰にも訪れる
取り戻すことが出来ない人の終わり
人の力の及ばない範囲
逃れられない終着点

命のメッセージは人から人へ受け継がれ
誰もが知るところとなりました

誰もが知るこの事実は
すべての人に共通しています

死の恐れ、生の執着に
意識が向かい

命の意味が見過ごされることが
増えています

人と人が伝えあうのは
本来は人の輪の尊さです

人の輪は誰もが知っている
生活の知恵です

食文化、住宅様式
安全な生き方

いつの間にか身に着けた
様々な知恵は

時代を生き抜いた人々の
恩恵によって蓄えられたものです

人の輪は名も無い人々のメッセージです

では人の輪が
繰り返し伝えていることの
メッセージに込められた真実は
どこにあるのでしょう?

誰が気づいているでしょう
世の中は限られた命によって
創り続けて来ています

人々は永遠の希望の糸に
知恵を託して
愛の結晶を守り続けているのです

愛の結晶は命のサイクルです
人が人を守り育て
次の世代に繋いで行く

人の輪は目に見えない糸で
繋がっています






posted by RFT 佐藤純子 at 21:21| 日記

2019年03月06日

とこしえの書



何故人が誰かに対して
不平等や不公平を感じるのかと言えば
人の生き方が
誰とも同じではないからです

人は
命について決め事を持っています

誰かが決めたものではなく
人の機能と捉えて下さい

体は眠っている働きを知っています
体の本質的な機能は
体の再生力が開いた時に発揮されます

私たちは眠っている働きについて無知です
眠っている働きとは
自分たちの細胞の中の
微細な粒子の働きです

この粒子は普段は働いていません
この粒子が目を覚ますのは
体が再生を目指した時です

体の再生は
小さな変化がもたらします

人が他者を慈しんだ時
人が自分を慈しんだ時

見えない力は
人と人を繋ぐ時に発揮されます

何故そのようなことが起こるのでしょう?

以前にもお話したように
人の脳は他者への従属的なあり方を
自分への攻撃で守ろうとします

こういった選択の中で自分を守るには
自己破壊が最も効率が良いと思われるからです

それにひきかえ
自分が自分に対して居場所を持つ場合
自己破壊よりも自己再生の方が効率が良いことを
体は知っています

自己優位な生き方は自分の眠っている働きを目覚めさせます
何故なら脳が読み出す「過去の記憶」に隠された
最も本来性に近い記憶は

人と人が自由に
心を交流する調和のレベルの
細胞の活性化によるものです

特別な話ではありません
私たちは愛しいものに目を細め
自然に笑顔を作ります

この時脳は自己再生のための信号を
伝達物質に送ります
信号を受け取った伝達物質は
眠っていた粒子を目覚めさせます

人は人との関係に
影響を及ぼし合う機能を備えています
人が言葉を持ち会話し
優劣をつけ自分たちを決定します

自分は全体のどの辺りの位置にいて
周囲との安全を保っているか
他者との繋がりは生きる指標になります

しかしその方法は
自分たちの居場所を
他者優位に導く結果となります

人が取り戻さなくてはならないのは
自分と他者の関係が
優劣ではなく調和レベルで信頼し合える
自分の眠ったままの細胞の働きです

細胞が調和レベルへ導くなんて
驚かれるかもしれませんが

何度も繰り返しますが
人は脳の信号が自分を作っていることに
無頓着です

脳の信号は
細胞が生み出される時の合図です
脳は細胞に自分のあり方を組み込みます

体は細胞の情報に相応しい自分を
本来の自分と認識します

さて、本来の自分とは
いったいどんな自分なのでしょう?

表情、しぐさ、立ち居振る舞い
話し方、歩き方、考え方
過去の記憶、意図

すべてが自分と信じています
細胞の情報が作った自分を

自分が信じる自分は
どこまでも細胞の情報を
超えられないのでしょうか?

話しを戻しましょう

眠っている細胞が目を覚ますのは
調和レベルの記憶の活動です

脳に組み込まれた小さな意思は
大きな変容へと
転換する力を持ち合わせています

人が誰しも知っている
慈しみの気持ちは
この小さな意思が生み出しています

慈しみとは
何かを大切にしようと労わる気持ち
勇気を持って自分に向き合う覚悟

他者の思いを尊重し
自分を顧みる意欲
自分を責めるよりも
自分を受け容れる自己信頼

他者との関係に
可能性を見出す創造力
自分との関係に
赦しをもたらす包容力

人を尊ぶ畏敬の心
自分を愛しむ友愛の心
他者の中に希望を見出し
自分の中に聡明さを発見する

人はいつも自分の内の
閉ざされた世界で解決の道を探しますが
解決の道は再生の力が
発揮された時訪れます

誰もが自然に持っている
慈しみの心が
細胞の力となり再生へと繋げます

希望は誰の心にも
本来は備わっているものです

再生の力は
体と心が連携して
人という観念のあり方を
作り変えて行きます






posted by RFT 佐藤純子 at 17:06| 日記

2019年03月03日

からだの感覚の頁



体の感覚というのは普段から
とらえる癖をつけていないと
ほとんど気づかれず見過ごされます

私たちの体には感覚器が無数にあって
そこから送られた信号が
体の感覚となって

生きづらさや痛み
感動や幸福感
そういった感じに浸ることが出来るようになっています

では、体の感覚とは何でしょう?
常に体は何かしらの感覚を呼び覚ましています

脳は体の感覚を使って
その人の人生を決定させるのです

人が信じる人生は
自分の成功よりも
他者に成功と思わせる

他者本位であることが
多く見られます

それは過去の記憶に
躾や教育
伝承された観念
支配的なトラウマが
刻まれているからです

私たちの体は
記憶を読みだす時に
瞬間の選択をします

どの記憶が相応しいか
どの思考を導くか
脳は判断します

既に述べた通り
脳の判断は居心地の良さを基準とします

自己否定に居心地の良さを感じれば
脳はそれに向けた信号を送ります

信号が受け取るのは
自分のあり方です

振る舞いや表情
行動や会話
それらは感覚器が受け止めた
自分という存在感を
かもし出して

まるで目の前で
誰かが自分と関わって

自分が成り立っていると
思い込むことが出来ます

感覚器は
胚葉の一部に備わっています

胚葉は細胞層として知られますが
ここには記憶と関わる
一種の
伝達物質が

保管されていて
読みだされる合図を待って
準備しています

読みだされる合図は
自分の体が
湿度と気温
外的情報に
従おうとした時

脳から発動された信号の
情報の中にある
記憶と符合する電解質が生み出され
体の中で
引き起こされる反応へと繋げます

試しにこんな実験をしてみましょう

頭を抱えてうずくまり
呼吸を小さくします

そうして体を揺すります

前後にゆっくりと
その後立ち上がり

呼吸を大きくして
顔を上げて
笑顔を作ります

分かりますか?
体が伝達物質を
呼び覚まして運ぶのが

注目するのは
体が前後に揺すられている時
体の中心が失われ
不安定となって

立ち上がる瞬間に
不安定な自分から
居心地の良い自分へ
バランスを取ろうとします

その時体が発する信号は
脳に組み込まれた
過去の記憶と

その記憶の伝達物質
つまり胚葉に保有された
情報の一端が
読みだされて

安全な状態を確保し
さらに笑顔を作るという工程へ運ぶ
一連の動作を
想起させてその通りに実行させるのです

ここで言おうとしていることは
読んだ文章の記憶と
実験での一連の行動が
脳と胚葉の繋がりによって
起こされていたということです

胚葉の働きを認識することは
出来ないと思われるかもしれませんが

体の感覚を捉えたとき
情報の出どころは
どこかにあるということを
ほとんどの人が気づきません

体は知恵を携え
心は体と連携し

人が存在して
社会が成り立っています

人は体を持って
人としての存在が
成り立っています

信号は人を創ります
信号は脳の判断です
信号が描くのは成功した人生です

誰が人生を生きるのか
人生のあり方は
脳が知っています

記憶は脳の力を利用して
現実を真実化します
現実は過去の信号の
生み出した物語に過ぎません

私たちが信じる現実は
捉えどころのない
幻の現実です

体の真実の働きは
記憶の中に蓄えられている
活性化した電子信号に導かれた時
取り戻すことが出来ます

体が知っているのは
信号による反応と
眠っている働きです

体は待ち続けます
目覚めの時を

体の感覚は
合図を待っています
体の旅を続けましょう






posted by RFT 佐藤純子 at 22:38| 日記

2019年03月02日

からだの力の頁



人の体は信号と信号のやり取りによって
多くの情報を送受信し合い
バランスを作り上げています

まず脳は
信号を有効に処理するために
まとまった司令の出し方を知っています

そのやり方は見事なまでに
徹底した仕事ぶりです

信号を送るとき脳はある部位を肥大化させ
一斉に送り出します
信号を受けるときはその部位を収縮して
混乱を避けます

ある一瞬脳は動きを止め
判断の時間をとります

判断は脳の重要な仕事の一つです
人はこの判断が自分の一生を決めることに
無頓着です

もう一度お話します
この判断の根拠は自分が居心地のよい
信号をどのレベルで発しているか

脳が
振り分けして
人生が決まっているのです

これが何を意味するか
お分かりでしょうか?

人は
自分の人生を
自分の選択で決めています

その選択は
体から送られる信号の
原因となる

自分の呼吸に隠された息遣いです
他者に従属した息遣いの信号は
詰めたように短く浅く
自分の人格を閉ざすようです

他者に従属するという
思いもかけない言葉を

どのように受け止めるか
戸惑う人もいるでしょう

他者に従属する
それは自分が人に依存すること
自分の力では
解決出来ないと信じること

人が正しくて自分が間違っていると
思い込むこと
自分の考えよりも他者を優先すること

自分がいると他者に迷惑だと思うこと
自分の言葉が他者を傷つけると思うこと

自分はとるに足らない存在で
他者には価値があると信じること
自分よりも他者が
人々の尊敬や愛を得ていると思うこと

自分のモノが他者より劣っていると思うこと
自分の得ているモノが
誰かによって奪われると懸念すること

自分が自分の行動に罪悪感を持つこと
自分の言動に
他者を介入させること

自分は他者と相容れない存在で
自分のそばには誰もいないと信じること

自分が他者の
考えの中で生きていると思うこと
自分だけが不幸だと思うこと

自分を顧みることなく
ただ自分の世界の中で
他者をコントロールしようと思うこと

自分だけが
人として正しい行いをしていると
誤解すること

自分のあり方が
人に影響すると
自分の行いを変えなければと思うこと

自分だけで
生きていると思うこと
誰かと
生きている気がしないこと

他者と自分を隔てているのが
自分の
考えた想像の物語だと気づかないこと

自分の愛が
他者の愛と
異なっていると感じること

他者からの愛を疑い
自分に贈られた
偽りの声を信じること

自分だけに注がれる愛が
この世にあると信じること

自分という存在を
過信すること
自分以外の人が
自分を正しく知っていると思うこと

自分にとって
自分こそが最も正しい理解者だと思うこと

お分かりでしょうか?
誰もが皆
他者に従属して生きていることを

その中で
大切なことは
自分という世界は
他者との関係で成り立ち

他者の世界は
自分との関係で成り立っているということです

どちらの関係も
お互いを必要とし
お互いで
不文律の価値観を持ち合っています

体のメカニズムは
一つの個体として捉えられますが

個体として成り立っていると捉えると
見えない関係性の影響が見過ごされ
体の持つ本来の力が取り戻せません

体の力を発揮させるには
他者との関係による自分のあり方を
見つめ直す必要があります

もう一度思い出してください
人は体の信号によって
自分のあり方を決定しています

体の信号は
伝達された情報の反応によって
引き起こされます

情報は過去の記憶が
読みだされて
現実を想像させます

現実が過去と混合されて
人生という夢を見せるのです

体の力は過去や夢を超えて
今の瞬間を創造します

メカニズムは
体の力が
自分の今を思い出す道標となります






posted by RFT 佐藤純子 at 01:07| 日記

2019年02月28日

からだ再生の頁



体の機能について私たちが知っていることは
動作と運動のメカニズムや
生死に関わる解決策として

病理的な研究
手術に関する医学的な知見
目の前の問題に対する打開策

そういったテーマを積み上げて
対応したものから得ています

体はなぜ存在するのか
体の本質について問われません

体の本質というと
大袈裟に聞こえるかもしれませんが
単純なことの中に
大切なことがあります

まず、体は人としての
生き方を選んでいます

それは感動や勇気
希望や夢
他者との関係
社会における自分の目的

当たり前のことが
体を通して発信されています

では、体は
何をしているのでしょう?

人が未来の夢を描いたとき
体は実現に向けて動きます

どのように動くかというと
脳の発する信号をコントロールすることで
自分の生き方を認識させ

あたかも自分の中に
それが起こっているという錯覚を起こします

脳は選択をしませんが
判断をします

判断というのは
体が発する信号を
心地よいものかそうでないか振り分けることです

判断された情報は
脳の下垂体から
全身に送り出され

体を巡ります
その時伝達されるのは
心地よさと幸福感です

この感覚は脳が創り出したものです

脳はまず
良い人生をイメージさせます

良い人生とは
親や家族
他者との関係
そういった相手に適した自分の創出です

自分に相応しい生き方は
記憶を司る脳の前頭胚葉が担います

この部位は自分の在り方を決定するための
様々なデータを分類し
他者中心か自分中心か

体と照合します
照合の仕方は前回の説明と同じです

照合のあと
脳は繰り返し体に情報を送ります
体は何度も自分を認識します

自分の生き方が脳の信号によって
決められていることを
知る人はごく僅かです

さて今回も一つのワークをご紹介します

このワークは自分の生き方が
他者中心になっている方に
取り入れていただきたいものです

頭頂部を両手の平で包み
「私は私の中に居場所がある」
と3回繰り返して深呼吸します

それを1日に3セット行います
何日か続けてみてください
ただそれだけです

たったそれだけのことが
信号を切り替える機会になります

さて話を戻しましょう
運動の機能は
体の根幹を支えるものですが

体自体は容器のように
信号の送受信に従っています

もう一度同じ話をします
ここで問われるのは「意図」です

感覚器は「意図」を運びます
この見えざる意図は「思考」をコントロールします

「思考」が
信号を受け取ると

情報を探します
記憶と
総体的な意図のデータです

意図は大量のデータを一瞬で選出させます
これらを記憶と組み合わせて
「思考」を創出します

体が信号を放つと
思考がやってくる

思考は
人の人生を支えていますが
実際には脳の司令です

脳に組み込まれた伝達システムは
本来は自分が
肉体という容器と
信号によって反応を起こす

生命の幻想を
見せないようにしています

体が攻撃と破壊の信号を受信する時
「意図」は知らん顔をしているわけではありません

脳の組織の一部を破壊して
「感情」の放出という方法で
再生を促そうとします

脳は見えざる意図の温床です
意図は心というものを感じさせます
これによって人というものが

生命の支配を受け
自分を構築する段階を
描くことが出来るのです

心は
意図そのものではありません

記憶や感覚器が
自分を認識させあたかも動いているように
思わせるのです

人は生きる意味を
考え実現しようとします

それは意図の働きです
生きて何かを為す

脳はその司令を体に送り
体は応えようとし
見えない葛藤に支配されます

人が自分を再生させるには
心と体のメカニズムを
日々に取り入れることが
鍵となるでしょう

生命のシステムは
そのヒントをお伝えするための
指標です






posted by RFT 佐藤純子 at 15:52| 日記

2019年02月25日

からだメカニズムの頁



私たちの体は億単位の情報伝達が瞬時に行われて
バランスを保っています

脳は一時的に集めた情報をシグナルを発して
細胞へ伝達するという役割があります

つまり、判断を任せられています

脳の判断は見えざる意図の温床です
意図を導くものが
自身のトラウマや傷ついた過去に委ねられた場合
攻撃と破壊を起こそうとします

体内の伝達物質は
人の欲望が増長したとき

攻撃と破壊のシグナルを脳から受け取ります
では、どうすればシグナルの原因を特定することが出来るのでしょう?

私たちは呼吸の中に自分の意図を隠しています
呼吸は
いのちの源です

普段見過ごされている呼吸は
自分の心を表しています

粗いときは痛みが想起されていて
自分を破壊するためのシグナルを伝達物質に届けます

痛みは自分の心が他者によって成り立っていると
誤解している状態です

人は周囲との関わりが自分の
情報の原因を作り出していることに気づいていません

脳は伝達することが目的なので
情報の選択をしていません

ただあるがままなのです

情報が送られたとき
各臓器、神経が受け取るのは
自分がいかにして
他者との関係を守るかという
自衛の方法です

これによって
自分を破壊することが
自衛となるのです

さて、呼吸の話しに戻ります
呼吸の中に隠された意図は
自分がどうあるべきかを知っています

呼吸はあるべき姿をコントロールして
自分を守ろうとします

コントロールとは
自分を攻撃することが正しいと判断した時には
破壊するまで攻撃し

自分が守るものが自分自身であると判断した時は
新鮮な空気を肺に送り込むような
息の吸い方をします

呼吸は
自分の判断が正しく働いているか
脳の情報と照合します

照合の方法は
億単位の伝達から選ばれています

まず伝達情報の中から
視覚・嗅覚・聴力を使って
外側の情報と照らし合わせます

自分が他者に自由を奪われている時には
内側の情報を遮断して
他者に従属するような息の吸い方を選びます

次に呼吸器を使って
自分を排除するよう司令を送ります

送られた司令は
心臓を経由して体の隅々へ届けられます

自己排除は攻撃という形で破壊へ向かいます
破壊は細胞への機能低下という信号によって
時間をかけて起こされます

そして破壊された細胞は
毒素を排出して
体内を循環し
呼吸器へと合図を送ります

呼吸は自分の判断が正しく働いたことを
確認すると脳へ情報を送ります

脳のシグナルはこの情報から
自分の在り方を決定するのです

これは人が自分というものを
どのように捉えるかの根拠となります

他者は自分の
在り方に大きく関わっています

自分が自分に
居場所を持っている場合には
呼吸はシグナルを自己再生の情報として

受け入れ働かせて
自分のいのちを繋ごうとするのです

自分の居場所が自分にあるという状態は
他者との関わりに依存が少なく
自分を顧みる余裕があることを言います

過度な自己主張は
表面的に自分に居場所があるように見えても
実際には他者に従属している状態です

自分の呼吸を知るには
まずは息遣いを知ることが大切です

荒い・短いの他に
止まっていたり波打っていたり
薄っすらしていたり長いものもあります

呼吸はいのちの源ですが
息遣いは細胞への暗号です

正しい呼吸は
息を吐ききったあとに
体の中心のみぞおちにある

膵臓から汚れを押し出すように
長い呼吸を繰り返すことです

膵臓は呼吸の意図を
最も溜め込みやすい臓器なのです

息遣いはほとんどの場合見過ごされますが
常に自分に司令を送る
役割を担っています

体は情報が伝達される過程で
ある組織破壊を行っています

その組織とは脳の一部の組織です
それは感情の抑制に関わるものです

感情は脳の破壊が引き起こす
自己再生への試みなのです

感情が爆発するとき
体の中には真逆のリラックス効果が起こります

この効果は自己再生に向けた
可能性を示唆しています

感情の度が超えると自己破壊へ
向かいます

感情は脳と連携しながら
自己再生に望みを繋ぐのです

体は自己再生も自己破壊も
ジャッジを持ちません

あるがままを受け入れます

体を巡る情報は再生や破壊の
伝達に過ぎず意図を持ちません

それではどこに意図があるのでしょう?

脳でしょうか?
呼吸でしょうか?
感情でしょうか?

私たちを体だけで説明するのは
ずいぶん無理があるのですが

実は体には感覚器が多数備わっています
感覚器というのは
体感を呼び覚ますだけでなく
意図を導き出します

そして意図の在りかは
感覚器と感覚器を結ぶ
一つの見えない信号なのです

この信号は人の体を駆け巡り
意図を伝えます

意図は自分の存在を明確にします
「私」の誕生です

「私」は活動します
「私」は求めます
「私」は生死があります

体の旅は続きます







posted by RFT 佐藤純子 at 18:37| 日記

2019年02月22日

希望の書



これからお話することは
わたしたちの生命のシステムにかかわることです

少し驚かれるかもしれませんが
勇気をもってお伝えしたいと思います

わたしたちは普通
体を自分ととらえています

体は多くの細胞によって構築され
頭、胴体、手足を形成しています

さて、ここでの問いは
なぜ私たちが
自分の意志で動かせるものと
動かせないものがあるのかという点です

気づいたことはありますか?
手も足も目も口も
自分の意志で動かせるのに

胃も腸も膵臓も脾臓も
自分の意志では動かせないということを

自然に動く
それが生命の原理です

そういった生命の原理は
様々なところで働いています

例えば
こころ

私たちの心も同じです

自分でセーブしようと頑張って
悪さをしないように踏みとどまって

それでも言うことをきかない
そんな体験はありませんか

言いたくない言葉が口からこぼれだす
見せたくない顔を知られてしまう

思うようにならない
少なからずそんな記憶があるでしょう

私たちの心は
ときに暴れ馬のように羽目を外して
その挙句に自責の念に襲われて

見えない鎖に繋がれたように
自らを縛り付けるのです

人を傷つけないように
自分を傷つけないように

私たちが自分の心を縛り付けるのは
自分の弱さを知っているからです

ここでいう弱さとは
コントロールのきかない
はかり知れない自分の感情を

自分がもて余してしまう
その恐れに打ち勝てない弱さです

私たちが自分について知っていることは
想像以上にごく僅かです

自分の存在理由にしても
生命の誕生も
死の過程も

すべて自分のことなのに
まるで操られてでもいるかのように
ただ受け入れるだけです

その選択をしたのは自分自身です
そういうと驚かれるかもしれません

生命のシステムは
私たちの推測の範囲をはるかに超えています

命をつなぐ1本の線は
地底深くの地球の核のように

ひとつの命につながっています

それは一般にワンネスと呼ばれるものの
明らかな正体です

しかしここから派生した命の線は
多くの困難に出会います

まず、最初の出会いは
人という概念です

この概念は一瞬で自分と他者を振り分け
生きる意味を植え付けます

次にもたらされるのは
家族の一員という概念です

これによって守るものを共有する
仲間の在り方を植え付けます

次にやってくるのは
地域や社会という独自の質を有した
特異性の概念です

これらの概念は心を縛るのに
十分な威力を発揮します

こういった概念は
生命のシステムと相反する
様相を呈しています

それゆえに気づけないのが
純粋な命の在り方なのです

外に出て空を見上げ
新鮮な空気を肺に届ければ

体の深い知恵が語り始めます

自分を縛っていたのは自分という
概念の塊に過ぎないのだと

では、どうすれば
こうした概念から自らを解き放てるのでしょう

実は概念というのは
記憶の産物に過ぎません

実体のない虚空に絵を描いたようなもので
見えているものに意味はないのです

ただ信じてきただけで
生き物ではないのです

それなら単純に
信じるものの矛先を変えれば
概念はまるごと変わるということになります

やってみましょう

目を閉じて地球の核をイメージします
「これが私です」
5回繰り返してみてください

選択が自分の中にあることを
思いだせるようになります

力が湧いてきた気がしませんか?
思いだすたびにしばらく続けてみてください

簡単な答えを難しく考えるのが
私たちの習性です

さて、生命にはシステムがあります
お伝えするには長い長い時間がかかるでしょう

小さな問いは大きな答えへ
導いてくれることがあります

しかしその問いの中にこそ
隠された秘密に通じる
重要な合図があるのかもしれません

答えの在りかは
結局、自分の中にしか見いだせないのです






posted by RFT 佐藤純子 at 12:41| 日記

2019年02月19日

緑色の葉の頁



人が
行動のなかで

示そうとするのは
自らのもつ
輝きの度合いである

生命のはたらきは
輝くことを
おぼえているからだ

緑色の葉の頁は

いのちのちかいが
自らを
輝かせることを

つたえている

ちかいは
いのちをつなぐ

みな
おぼえている

天のひかりのかぜ
そそがれる調べ
やくそくのことば

誓ったとき
誓った場所

おぼえている
きざまれている

かたいやくそく
光のもじ

忘れない
消せない

たしかな記憶

緑色の葉の頁が
呼びおこす

葉のさきのつゆ
緑のかおり

新しいつゆの下から
浮かぶ文字

よんでいる
くりかえす

文字の配置
色と線

おもいだせ
ちかい

あつまってくる
ちかいのなかま

とりもどせ
いのち

かがやかせ
ひかり

祝福のとき
おとずれる

緑色の葉の頁が
しっている

文字の色
かたち
かがやき

組み込まれた暗号
文字と文字のあいだ

見えてくる
浮かんでくる

忘れたことのない
たからのことば

手をひろげてごらん
浮かびあがる文字

読みとってごらん
たいせつなことば

緑色の葉の頁は

輝くもじを
くりかえし

よみがえらせる






posted by RFT 佐藤純子 at 13:00| 日記